2.職場の基本はやはり安全

まだまだ危険が一杯の生産現場

 

   先日創業して百年と言う老舗の某工場を訪問しましたが、大型のフォークリフトが猛スピードで構内を走っていて、しかもカーブではタイヤを滑らしながら運転している姿を発見しました。しかも構内は非常に暗いにもかかわらず、ほとんどのフォークリフトがライトを点灯していませんでした。このような状態では事故が発生しないのかと工場長に詰問しましたが、「今まで何年もやってきたので、特に問題とは感じていない」と言う返事でガックリしました。この古参の工場長は、定年間近のせいなのか全く安全への感性が足りませんでした。フォークリフトでの事故は単なる怪我では済まなくて、実際に多くの災害を発生させています。この工場以外でも、クレーンによる玉掛け作業など、生産現場には多くの危険な作業が潜んでいます。毎日同じ職場で作業をしているといつの間にか、そのような危険な状態が忘れ去られる環境になってしまうこと自体が大きな問題になってきています。人の命はテレビゲームのようにゲームセットになっても、リセットボタンを押したらすぐに元に戻るものではありません。

 

  ところで日本の自殺者の数は、年間に2万人台になっています。また、交通事故死は年間に4千人台の数になっています。ところで労働災害では、どれくらいの方が亡くなっていらっしゃるかご存知ですか?年間に千人の方が不幸な目に合っているのです。つまり、なんと毎日どこかで平均3人の方が尊い命をなくされているのです。新聞やテレビの報道では、極々一部しか報道されませんので、一般の人はそんなに労働災害があるとは考えていないだけのことです。有名なハインリッヒの法則ではこの重大事故の影に、329件の中小の事故があると言われています。しかし実際には、統計に集計されない「ヒヤリハット」の小レベルの事故は、想像もつかないほどあるはずです。人間は怪我をしても、トカゲのしっぽのように指や手足を無くしたものが生えてくることは絶対なく、後は後悔が残るだけです。

 

 

 5S活動の本当の目的は、職場の安全確保

 

  多くの企業のうち電気産業や軽産業の多くでは、「品質第一」のスローガンが工場内の至る所で貼り出してありますが、機械加工や建築現場などの重産業では主に「安全第一」の看板やスローガンが目立ちます。なるほど目に見える危険があったり、事故が起こりやすい職場環境であれば、「安全第一」が掲げられるはずですが、危険が目の前に迫っていなかったり、物が小さかったりすれば、「安全第一」よりも

 

 

「品質第一」のスローガンになってしまうのですね。「安全」とは私たちの周りにある空気や水のように、存在することが当たり前過ぎてつい忘れられやすいものなのでしょう。

 

  5S活動は多くの企業で実施されていますが、その目的を拝見してみますと、品質向上や作業環境の向上、従業員のモラル向上、業務の効率化、職場環境の美化、不具合防止などの項目が多く謳ってありますが、肝心な“職場の安全確保”という本来の目的が明確になっているところが少ないことに気付きました。著者が一番煩くアピールしているのが、“職場の安全確保”であり、床の汚れや治工具の角のエッジや残ったバリのような些細なことにも厳しく指摘します。このような些細なことは忘れられがちですが、一事が万事でこの些細なことに神経をもっともっと注いで欲しいと願っているのです。著者は板などにエッジが残っていると、そこの従業員の手を握ってそのエッジのところに手の甲を当ててやり、「もしこれでオペレータが知らないで怪我をしたら、あなたは責任を持つことができますか?」と問い質します。そうすると彼らはすぐに目覚めて、一斉に点検と修理を始めます。

 

  著者が訴えている5S活動のスローガンは、「安全で、楽に、しかも楽しく働き甲斐のある職場にしましょう」と言うものです。まず安全な職場環境を整備することが、最も重要であると考えています。最近は5S活動自体が、活動そのものに重点が置かれてしまい、本来の目的がどこかに行ってしまったことを耳にしますが、もう一度しっかり目的を明確にして取り組むことが必要だと考えています。この活動は誰のためでもなく、そこに毎日働いている人たちの幸せのためなのですから。「安全」と言うことが職場の根底にあって、初めて品質や効率の話題が取り上げられるものだと考えます。ある建設現場では、始業前に全員でラジオ体操をして、朝礼と称して当日の仕事の作業指示や内容の確認と合わせて、危険予知などの訓練を毎日実施しているそうです。その時間は30分も掛かりますが、そのお陰で全員の意識が向上し事故や災害の発生はなくなり、しかも終了予定時間よりもいつも早く終え、後片付けや翌日の準備もしっかりでき、職場の雰囲気が非常に良くなった事例があります。

 

 

顧客満足も大事だが、それ以上に従業員満足が大切

 

  会社のトップとの会話には、顧客満足度を向上させる方針が出てきますが、この顧客満足もこの安全のことと同様に優先度が考えられます。直接お客様に向かって、「私どもの会社の方針は、顧客満足よりも従業員満足を求めています!」とは、なかなか表明できることではありません。このように一般的に顧客ありきの考え方が先に出てきます。本当はまず始めに、顧客満足以上にそこで働いている従業員の皆さんの安全や働き甲斐などの従業員満足度を高めていくことが必要と思います。

 

  機械加工の現場では、工作機械や重量物などを取り扱いますので、危険な要素は多くあります。つい繁忙さにかまけて安全という基本を忘れることになりますが、トップがもっと関心を持って従業員の皆さんの幸せは何かを自問自答し、生産性向上やコストダウンよりももっと重要なことは何かを訴えるべきです。現場の皆さんが、われわれのために本気になってトップが取り組んでおられると分かれば、行動の形態は全く違ったものになります。やらされていた作業や指示待ち状態から一転して、本当にやりたいと心の底からやりたいと想うようになれば、従業員の皆さんは自ら考え自ら行動して行く職場に変わると考えます。その結果として、二次的に求めていた品質向上、業務効率向上やコストダウンは、その結果の副産物として出てくるものです。