●机上では現場の状況はわかりっこない
役職に「長」がつき始めると何か少しえらくなった気がするのは誰でも同じかと思います。そうすると机に向かってドカっと椅子に深々と座り、部下を見下ろすようなことが自然になってきます。いつの間にか部下に指示命令を出すようになり、結果だけを持ってこさせるようになってきますが不思議な現象ですね。これが上になればなるほど頭は後ろで腹は前に出すという、その傾向が顕著になるのは人の常のようです。
パソコンが誰でも与えられて、しかも画面一つで何でもわかるシステムもできるようになって、ますます上司が現場に出向くことがなくなりつつあるようです。確かにパソコンが事務ツールとして普及した現在は、日増しに溢れんばかりの情報が津波のように雪崩れ込んでいます。しかも必要な情報ではなく、カーボンコピー（CC）であまり関係のないものが大半を占めてしまい、肝心な重要な情報が見つけにくい状況になっています。このCCによる配信は困ったもので、単なる情報をお知らせしますというだけでなく、多くの人に知らせて自分の責任回避をする手段にもなってしまっています。必要な情報は、氷山の見える部分と一緒で、大体1割くらいなものでしょう。現在世界中で毎日発信されているメールの数は日々増殖しつつあり数十億件にもなるそうです。しかもほとんどが迷惑メールであり、本当にムダなことです。
現場の情報をデータに落とし込むには、かなりの労力と時間が必要です。現場に行き、観察して、問題を発見し、原因を追及して、さらに対策案までやろうとするとかなりの仕事量になってしまいます。しかも情報をデータに変換する時の担当者の主観で、多くの情報がフィルターにかけられてしまいます。肝心な情報がカットされかねないのです。またこれは観察者の力量に大きく左右されるものですから、本当に必要としている情報が上司の手に入るかは疑問になってきます。現場の状況を他人に“ありのままに、あますところなく、ありありと”説明して正確に伝えることは非常に難しいことです。そのような不十分な情報で事を判断し決断することは無謀な行為であり、結局後始末の仕事が多くなるばかりでしょう。つまり本当に必要な正確な情報は、ご自分の足を使って現場に出向き、現地現物で“手にとって看ること”で得られると考えます。雰囲気、臭い、色彩、物の状態、従業員の表情など数値化してデータにできないものの方が多いはずであり、そこに原因や真因は潜んでいるものです。
●トップの関心事が現場であることを身体で示す
トップや上司が自ら現場に出向くということは、自分の時間を重要な物事に使っていることを身体と態度で従業員に示すことになります。５Sにうるさいトップであれば、その工場は５Sがしっかりできているはずです。安全にうるさければ、そのように従業員も安全第一の行動を心掛けるようになります。それらのことを机上（メール、社内報、通達など）や朝礼だけで訴えても、従業員の心には響くものではないのです。現場に出向き、一人ひとりに熱く語りかけながら伝えていくものでないと、本当に伝わらないものでしょう。いつも言い続け、それがいつの間にか習慣化しているようになるくらい、しつこくやるべきことなのです。凸凹だった鉄板が、磨くことで綺麗な鏡になるくらい摩り込むと、それがトップの鑑（かがみ）になります。
最近訪問先において、ワークショップの開始の挨拶だけではなく、テーマの説明もトップ自らやって頂くようにしています。従来は改善担当者がやっていたものですが、トップ自ら行なうことにより、それらのテーマに関心を示していることも知らしめる狙いもありました。以前はただ結果を見るだけになりそうだったので、このように始めから関わるように変えてみたわけです。
テーマの説明も、ご自分が十分に理解、納得していないことには説明ができませんので、事前に現場に出向いて、顔を突き合わせて話をするきっかけにしていきます。成果発表の前には、その現場の長が自らテーマの背景と取り組み状況を説明するようにしました。このようにして、トップや上司が現場に出る仕組みを試みています。ちょっとした手間ですが、これらはかなりの成果になって現れています。特に普段直接トップと話す機会のない従業員には大きな変化が見られ、やる気を出してくれます。給料は目に見える嬉しいものですが、上司から仕事を認められることはそれ以上に嬉しいものです。実はこの方が彼らの動機付けには効くのです。しかもお金は掛かりませんので、大いに実践してもらいたいことです。
●現場に出向く時には、トップという『冠』を外してみる
今まであまり現場に出向かなかったトップが、いきなり現場に出向きますと従業員はビックリされると思います。彼らにとっては何か叱られるか怒られるかが先に頭に浮かんでくるものです。おっかなびっくりでは、せっかく現場に出ても彼らが心を開かないことには成果も出ることはないでしょう。正確な情報を手に入れるためですので、なるべく自然な状態で臨みたいものです。
そのきっかけとしてトップや上司は、トップや上司という『冠』を外した方がよいかと考えます。これもある会社で現場に一向に出ようとしなかったトップを説得した時に使った手法を紹介します。ワークショップを開催した時に、初めて従業員と一緒になって改善をする前に「私はこれからトップという帽子を外して、皆さんと一緒に改善をします」と宣言してもらいました。これには思わず皆さんから拍手と笑顔が沸き起こりました。
社内でも見えない壁があり、身近なところほど大きな壁になっているようです。しかもそれになかなか気づかないのは第三者から見ると辛いものがあります。まずトップや上司から変わることで、初めて従業員や部下も変わるものです。その勇気が求められます。あとから見ると、ほんのちょっとした勇気に過ぎないことがわかります。そのちょっとした勇気をもっと使って、会社の雰囲気を変えて欲しいと思います。山の上に登る時には辛いものがあります。しかも会社ではどこが山頂かもわかりません。でもちょっとした勇気を出すことでその山頂も見えてきます。山頂に登れば、反対側の下界も見渡せるようになり、一気に視界が広がります。ちょっとした勇気を出してみましょう。