完全版「虫の眼・魚の眼・鳥の眼」(第1回)

ないから逆に何でも考えられる

 人の眼では見えないことがたくさんあります

   桃太郎というおとぎ話は、黍(きび)団子をキジ、サル、イヌに与えて家来にし、鬼が島で鬼退治をしたのち、財宝を持ち帰りメデタシメデタシというもので、お馴染みのストーリーです。強い桃太郎でも家来にしたのが、いずれも人間ではなかったということがこのコラムの眼の付け所になります。キジは鳥であり空を飛ぶことから高い視点からモノを見ることができ、サルは知恵や機転を働かせてすばしっこく立ち回り、イヌは吠えることができ敵を脅しながら桃太郎に知らせるという、役割分担を持ち合わせました。企業の組織も同じように各々の役割分担を決めて、チームで仕事をしていくことも示唆しています。頑張ればボーナスがもらえるというのも、きちんとご褒美が設定してあります。

 儒教では、この家来たちのキジは「勇」、サルは「智」、イヌは「仁」を意味しているといわれますが、大将の力だけではなく、部下も上手く使いなさいというのでしょう。人が眼で見ることができるのは、ほんのごく一部です。これらの全く違った視点で観察することで、今まで見えなかったモノやコトが見えるようになり、工場や皆さんの改善のヒントを掴んでもらえればと思います。そこで、キジ、サル、イヌの代わりに、虫の眼、魚の眼そして鳥の眼を借りて、色々なモノやコトを見ていきたいと思います。

 ヒトが両目でみることのできる視覚範囲は、約160度とかなり狭いものです。手に力を入れて親指と人差し指を一杯に広げた角度です。注力して見ることができる範囲は、人差し指と中指をV字に広げた角度です。頭の後ろは振り返らなければ見ることはできません。虫の眼の視点は、地面とほぼ接しています。つまり現地現物で、間近に舐めるように見る眼を持ち合わせることです。

 虫の眼は、ちょっとした動きに敏感に反応します。魚の眼は、カメラの魚眼レンズとしても知られています。ほぼ360度見渡せる構造になっていて、しかも水中から頭の上の水面も見ることができ、泳ぐ点から流れを見る眼に注力したいものです。イワシなど魚群がいっせいに方向を変えても、お互いがぶつかることはありません。相手を良く観察し、お互いの距離も守りながら素早く泳いでいます。そして鳥の眼は、上空高いところから見下ろして全体像を見極める眼です。しかも獲物を発見すれば、一気に迷わず急降下して捕えます。

 普段見慣れているものは、次第に見えなくなるものです。これは脳の構造上仕方のないことですが、虫の眼、魚の眼、鳥の眼といったそれぞれ違った視点で改めて現場を見ることで、多くの気づきのヒントを得て頂ければと思います。

 

サルとヒトの違いは体毛のあるなしの差です

  ヒトはサルから進化した動物だということですが、遺伝子の違いはたったの1.5%だといわれています。外見的にはどこが違うかといえば、まず尻尾のありなしです。さらに手の構造も少し違います。サルは木の上で生活をするので、枝を掴みやすいように親指を除いた4本の指はほぼ同じ長さと太さを有しています。その指の構成ゆえに、工具を使う器用さがないかもしれません。もう一つ決定的に違うのが、体毛のありなしです。一部の男性ホルモンの旺盛な男性には毛むくじゃらの方もいますが、どういうわけかヒトにはサルのような毛むくじゃらの体毛がありません。体毛がないので、薄い肌だけでは体温がそのまま外気にさらされると低温時は冷えてしまいますし、外敵から身を守るにも危険が多すぎます。

 そこでヒトは火を使うことで暖をとり、さらに火を使って今まで生で食べていた肉や野菜を焼く、煮る、炙るといった画期的な方法で料理することを覚えたのです。一気に食生活も変わりましたが、火を使うことで素焼きの土器を作り、さらに金属を溶かして青銅や鉄を生み出し、武器に変えていきました。この武器を持つことで、さらに大きな獲物や収穫物を獲得するようになったのです。さらに、生活用品や農工具も次々と生み出してきたのです。手を使うことで、脳がさらに発達し言語や文字も使うようになったのです。体毛がなかったお蔭で、毛皮や植物の繊維を身にまとうことも編み出して、衣服や袋やカバンなども作り出し、行動範囲を一気に広げることもできました。ヒトに体毛がないというわずかな違いが、ハンディを大きなチャンスに変えてしまったのです。

 

ないからこそ新しい発想ができます

 何かやろうとすると、すぐに言い訳が出るものです。時間がないというのが最も多いのですが、時間はだれでも1日24時間提供されています。ただその使い方が違っていて、何もしない時間を燃やしているだけで、実は使い方は無限にあることを忘れているだけなのです。忙しい人に仕事は任せろといわれますが、その人たちは多くの仕事をテキパキと捌いています。即断即決ができるのは、普段から現地現物で現場を実際に見て、自分なりの座標軸を持っているからでしょう。時間は有限だと知っているからこそ、その使い方に真剣になれば優先順位、また他人に任せるべきか自分でやるべきかなどテキパキと決断できるのです。 

 多くの人に「あなたにとって一番大切なものを2つ上げてください」と質問すると、家族、健康、お金というすぐに見える答えが返ってきます。その前提となる「時間」と「命」というのは、当たり前すぎて皆さんが気づきません。セミが成虫になって、地面から飛び出す時間はわずか1週間です。子孫を残すことにオスのセミは、体一杯使って大声で鳴きメスの気を引こうとします。懸命な姿ですが、時間が限られていることを本能的に知っているからこそ、精一杯鳴いているのでしょう。時間もない、金もないというのは、逆に知恵や持っている資産をもっと有効に使うことを示唆していると考えてはどうでしょうか。私たちの潜在能力は実は無限にあります。ただし生きている間しか使うことができません。

 

 

図1 視点を変えることで見えなかったものが見えるようになる。

図2 ヒトは体毛がなかったから、色々と考え出した。