完全版「虫の眼・魚の眼・鳥の眼」(第5回)

少ない情報でも、量を推定してみよう

 世界中の人が1日で食べるピザの枚数はいくら?

 この質問をしますと皆さんが「そんなことはわかりません!」と、すぐにギブアップのサインを出します。でももう少し考えてみましょうと誘導していきます。3000万枚、1億枚、5億枚と色々な回答が飛び交います。それを書き出してから、さらに質問を続けていきます。最初に、全体像を鳥の眼で想定してみます。この場合は、世界の人口がどれくらい存在するかです。世界の人口は今いくらでしょうか?と質問していきます。

 この質問を考えた当時の世界人口は、65億人という統計数字がありました。その後2011年10月31日に70億人になったとニュースが出て大きな話題にもなりました。その日に生まれた赤ちゃんは、すべて70億人目というおまけがついたことを思い出す人もいることでしょう。人口の推移のトレンドが、どのようになっているかという魚の眼を凝らして見てみます。昔の学生の時には、電卓が非常に高価であり、計算尺でほとんどの計算をしていました。計算尺は、大体2ケタまで計算できれば合っていると判断していましたが、のんびりしていた時代でもあったようです。アニメ映画で、ゼロ戦の設計者がこの計算尺を用いていたのを懐かしく見させてもらいました。

この世界の人口がおよそでも数値が想像できると、少し気が楽になって次の段階に一歩踏み出すことができます。いつも世の中は変化していますので、新聞記事やニュースなどでおよその数値は更新しながら頭に入れておきたいものです(2021年4月では、78億人)。

 次は世界中でピザをよく食べる国、時々食べる国、滅多に食べないとか食べない国といった区分を考えます。これも「単純化する」と考えやすく、3つにしましょうと投げかけます。よく食べるとは、どのくらいかを考えます。このことを「仮説を立てる」として、皆さんと合意を取っていきます。時々はどれくらいか、そして滅多に食べないのは、もう食べないと区分してみます。よく食べる国でも毎日ピザばかりでは当然飽きてしまうので、1週間に1回と設定してみます。次は時々というのを1ヶ月に1回として、あとは食べないとします。異論は当然ありますが、単純化して考えやすくしましょうと説得します。

 次に世界人口の分布から、よく食べる国のリストを考えます。米国、欧州その他で10億人。時々が日本、南米などで20億人、そして食べない国として、インド、中国、アフリカなどで40億人としてみます。そして計算ですが、10億人÷7日(1週間に1枚)≒1.4億枚。20億人÷30日(1ヶ月に1枚)≒0.7億枚となり、合計で1.4+0.7=2.1億枚という数値が導き出されます。これが正しいとは言えませんが、およその量が少ない情報で導き出せます。1から3億枚という答えが出れば、推定は合っているかと思います。

 

フェルミ推定は実際の現場にも使うことができます

  この手法は、原爆を設計したイタリア人の物理学者のフェルミです。彼がシカゴ大学で、シカゴのピアノ調律師は何人いるかと学生に出した質問が基になっています。一見答えが想像もできませんが、当時のシカゴの人口300万人、ピアノを持っている家庭の数、どれくらいの頻度で調律するかなどを想定して、133人という数値をはじき出したものです。近年は入社試験にも適用されるようにもなったそうですが、学生さんたちはコピペばかりしないで、もっと考え抜け!という企業側の想いなのでしょう。

 このピザの話をしてから、某工場の70mもある長いラインのパレット枚数とその上にある在庫数を皆さんで想定しました。長いラインなので、誰も自分の持ち場しか考えられず、全体でどれくらいかは全く想像もできませんでした。それでも自分たちで、一人ひとりが想定を試みました。設備の台数、タクトタイム、運搬の頻度、一回の運搬量などのパラメータを紙に書いて想定しました。全員でプレゼンして、MINとMAXの両極端な数値を省いて平均値を出してみました。皆さんの結果は、パレットの数:想定が92枚で、実際には88枚。仕掛数:想定が1438個で、実際には1528個という結果でした。予め製造部長に朝一で実際の数を数えてもらっていましたので、答え合わせをしました。その値は、なんと6%というもので皆さんがビックリでした。この手法を工場の仕掛在庫の推定と検証に使うようになってから、全体像からおよその量の推定が、どんぶり勘定ではなくなってきました。答えが出てから一人ひとりになぜこのように考えたのかを説明してもらうと、自分との考え方や見方の違いや同じように想定したなど、仮説がだんだんと明確になっていくことを感じます。

 

壁を乗り越えると見えなかったものが見えてきます

 一見量が分からないものでも、数人が集まれば前提条件の仮説や推論をぶれない、バラツキの少ないものにすることができ、一気に視野が広がってきます。雲のように目先がモヤモヤした見えない状態であっても、仮説や推察を繰り返して模索していくことで、ぼんやりとした答えがだんだんとはっきり見えてくるものです。そして一緒に考えているメンバー間に、チームワークの力が湧いてきます。メンバーが同じ方向に向くことで、ベクトルもお互いが合わせるように働いていくようです。

 ある程度力ができると、できなかった壁を乗り越えることもできるようになります。見なかったことが見えるようになり、さらにはブレークスルーのように一気に目が突き抜けて目の前に現れる感覚になることもあります。すぐに諦めないことが大切で、少し考えて鳥の眼や虫の眼になってみるとヒントが見えてきたり、面白い発想ができたりするようになります。擬人化という言葉がありますが、擬鳥化、擬魚化、擬虫化のように、自分の座標軸を色々と変えてみることで、気づかなかったことが次第に気づくようになってきます。

図1 世界中の人が1日でピザをどれだけ食べるか?

図2 乗り越えるのではなく、ブレークスルーもあり得る。