完全版「虫の眼・魚の眼・鳥の眼」(第7回)

それが限界ですか?と一歩踏み込む

 限界まで使い切ったことがありますか?

 身の回りのことで、事例を見てみましょう。万年筆の使い切りのタイプ(P社のVペン)があり、職業柄よく使っていますが、使い捨てはもったいないものです。そこで構造を調べてみると、インクを入れているタンクとペン先は嵌め合いで構成されていました。そこでラジペンを用いてペン先部分を引き抜いて、インクを補充して再びペン先部分を装着することに挑戦しました。幸いに以前よりも滑らかな文字で、書けるようになったのは想定外でした。そのインク量は、目盛付きのスポイトで入れると容量は3ccと判明しました。都合の良いことに、ラジペンで引き抜く時の締付力によって、少しペン先を変形することができ、結果的には滑らかな文字を書くことも分かりました。

 そこでメーカーが紹介している能力を調べてみると、4万文字も書けるとありました。何度か検証をしてみましたら、インクを補充してからの2回目以降では、およそ3万文字でした。すると1ccあたりで、なんと1万文字が万年筆で書けることが分かってきました。そこで何度もインクを補充できるかというテストを試みたところ、最高で8回まで可能でした。寿命を決めるのは、ラジペンでペン先をはずす時の力加減に尽きます。取り外し可能な回数は、平均で5から6回でした。メーカーさんには悪いことをしたような気持ちですが、まだ寿命のある製品をもっと活用したいのは消費者の切なる想いです。

 ちなみに欧州で良く使われているガラスペン(ペン先がねじってあり、そこにインクが溜まる仕掛け)は平均250文字しか書けません。ということは一回に付着するインク量は、1ccの40分の1になることが分かります。インクの補充なしで連続して書ける機能面についての価値は、100分の1以下です。使い捨ての万年筆は200円ですが、ガラスペンは3000円程度とかなり高級な文具になります。ガラスペンは機能面でVペンには全く勝てませんが、優雅さや趣きという点で買い求められるのでしょう。

 

限界まで使い切ってみると、その先が見えてきます

 鉛筆1本で、どれくらいの線が書けるかということは、メーカーの広報で紹介されています。50kmという驚きの能力を持っているようです。鉛筆の長さはJISで決まっていて17.5cmです。M社のHi-Uniの2Bをいつも執筆のアイデアを練る時やイラストの原画を描く時に使っています。これは実測すると、17.8cmと少し頭の部分が長いようです。鉛筆の欠点は、最後まで絶対に使えないという条件があります。手で持つ部分がどうしても、約7.5cmは必要だからです。

 そのためにアルミキャップを取り付けたり、10.5cmの長さのあるアルミホルダーに装着して使っています。しかし質感というか、鉛筆本体の木の軸に指先が付く範囲に、長さが限られてしまいます。最終的にはこの7.5cmが実質の限界になっています。買った時は17.5cmで、使えなくなるのは7.5cmなので、実質鉛筆は10cmしか使うことができないのです。従って、50kmの約6割の30kmの長さの線が書けることになります。でも鉛筆の長さ1cmでは、なんと3kmの線が書ける能力を有しています。それをどのように活用するかは人それぞれですが、身近な製品にこのような実力があることを知って使うと、これらを発明した先人に感謝の気持ちが湧いてきます。

 筆者は、原稿やイラストを描く時には鉛筆を5本くらい用意して、すべてカッターで削り出して精神統一します。これは一種の儀式ですが、一気にパソコンに入力するのではなく、まず手描きアイデアを自由に発想して、必要な項目や語句を羅列していきます。時々料理する時は「美味しくなあれ!」と心を込めて作りますが、文章やイラストの作成も同じ気持ちで向かいます。

 学生時代は貧乏だったので、ティーバックの紅茶を何回飲むことができるか限界に何度も挑戦を試みました。3から4回までは、なんとか紅茶の味と香り、さらに色も出て飲み物に通用します。これから先は味と香りはほとんどなくなり、色が出るかとティーバックとの戦いになります。使用後は天日にさらして、水分を完全に取り去ります。湯を注ぐだけではかなり難しくなってきますので、ポットで煮込んでとにかく色を出すという点に注力して限界を極めてみました。結果は、最高8回まででした。実質5から6回であり、もう紅茶ではなくわずかに色が滲み出ている白湯に近いものです。N社とL社の2強メーカーがありましたが、甲乙の差はなかったと記憶しています。

 

好奇心という心の扉を開ける鍵をもっと使いましょう

 今から思うと当時はお金がなかったのですが、自由な時間はあったようです。そのため普段はできない限界に挑戦するやりがいを持ったのかもしれません。企業に入ってからは、これが非常に役に立ちました。壊れるまでやってみると、その材質の実力、機構としての限界能力などが、自分の体験知として頭に刻み込まれます。何よりも挑戦する気持ちを持ち続けることができたことが、大きな財産になりました。

 現在は調べものがあると、すぐにインターネットで検索をすれば簡単に情報を入手できます。バーチャルでの情報でなく、実際に体験してみるという大切なことが疎かにならないか心配になってきます。現地現物に加えて「それが限界ですか?」という投げかけを一つ加えてみることで、今まで気づかなかったものやことが見えて来るものです。その扉の鍵は好奇心です。その鍵は使ってみようと思えばいつでも使えます。さらに切り開くという有り余る気持ちは、いつも心の中に潜んでいます。全体像の先に見えなかったものが見えるのは、限界という今までの思い込みや固定観念、それが限界だという壁を打ち壊すことです。また最後まで使い切るという姿勢があると、愛着も湧いてくるものであり、寿命もきっと延びることでしょう。

図1 分解すると2cc分の上底があったことがわかる。

図2 限界の先に何があるだろうか?