完全版「虫の眼・魚の眼・鳥の眼」(第8回)

箸でハエを捕まえられますか?

 ハエを宮本武蔵のように箸で捕まえられますか?

 宮本武蔵の武勇伝にいつも登場するのが、このハエを箸で捕えたという一節です。両手でハエを捕まえることのできる確率は、筆者のレベルでおよそ3割程度です。野球の一流打者のレベルには達しているかと思いますが、読者の皆さんはいかがでしょうか。あまり強く両手で叩くとハエが完全につぶれてしまい、二次的な副産物である手洗いなどのあとの始末が余分につくのが欠点です。片手で捕まえるという友人がいて、彼の話を聞くとその方法は、ハエの後方からゆっくりと数cmまで移動してしばらく待ってから一気に捕まえるやり方です。捕まえる確率は5割程度です。なんと彼は剣道の達人でした。これは、一瞬の動きを制御する能力の差であると思います。

 聞くところによると、現在の日本でも宮本武蔵のようにハエを箸で捕まえる達人がおられるようで、その人は空手の達人という凄い技を持った方のようです。このようにハエだけではなく、得体の知らない対戦相手をじっくりと観察する眼力を持っておられるのでしょう。ゆえに次の動作を予測することができて、それに対処する術も有するという名人とか達人と呼ばれるようになるのでしょう。さすがにその箸はその場限りで、二度と食には使われないそうです。その箸を、そのまま使うのは本当の強者でしょうか。

 この素早い動作ができるのは、やはり訓練の賜物でしょう。しかも相手をじっくりと観察して、次の動作を読みとるという洞察力もあると思います。ハエは大きな複眼の眼を有していますので、ほぼ360度の視覚を持っていますが、少しの死角もあるようで、それが頭の後方のようです。さらに我々の捕まえる気配を知る器官を、別に持っているようです。それは、ゴキブリやコオロギが持っている空気を感じ取る小さな毛のような器官のようです。手を叩くようにすると、空気の流れを加速度的に感じて飛び去り逃げるというのです。敵もサルもの、ひっかくものです。何せ昆虫は、地球上の全動物の75%を占める完全な多数派軍団なのですし、さらに生き延びてきた数億年以上の経験知も多く持っています。この経験知を企業戦略に用いたら、かなりのノウハウになるかもしれません。つまり、市場環境の激変にも変化対応力を身につけることで、生き残ることが可能になります。

 

ハエの眼は、人間の10倍以上の速度で見ることができる

 さてハエを両手でも簡単に掴めないのは、ハエが危険を感じ取る時間の問題がありそうです。ハエの眼が感じる速度は、人間の10倍以上もあるようです。ハエから見ますと、まるでスローモーションのような大きな手は団扇をゆっくりとヒラヒラと扇ぐようにしている動作に見えるのです。ハエはゆっくりと離着準備をして、おもむろに飛び立てばよいのです。人間はハエを発見するという、眼から入ってくる情報を脳でいったん判断して、手や腕に動作信号を出して叩くまでの動作時間は0.2秒以上になっています。ハエは危険を感じて離着準備して飛び立つまでの時間は、それ以上に非常に短いのです。これはハエの時間分解能力が、人間の10倍以上もあるためのようです。人が叩くと身構えた瞬間に、ハエはその殺気を感じ取って既に臨戦態勢になっているのです。

 ハエを退治するためには、ハエの反応速度つまり離着準備時間以下での対応が迫られます。良く使われているのが、ハエタタキですが、その叩く部分の速度はどれくらいでしょうか?残念ですがそのような文献はありませんでしたが、エアガンや輪ゴム銃での速度のデータはありました。それらはおよそ15m/秒(時速54km)でした。指で輪ゴム銃を作って発射しますと、ほぼ100%の命中率ですので、ハエタタキもほぼ100%の命中率とすると、その程度の速度が考えられます。でも完全に粉砕した時の後始末は大変ですね。ちなみにピストルの発射速度は約時速1000kmで、ライフルですとその3倍の約3000kmになります。

 

高速度カメラやスロー再生のビデオを活用する

 相手が素早い動きをして見ることができなくても、やり方をちょっと変えることで見えなかったことも見えるようになるものです。写真やビデオさらには、高速度カメラといった機材を使うことで、スロー再生や瞬間の映像を見ることができます。それは、原因追究の良い発見方法になります。人間の見える速度に直してやれば、見えなかったことが見えるようなるので原因も究明できます。

 半田ロボットのサイクルタイムがタクトタイムの要求に間に合わなくなったことで、半田ロボットの追加購入の要求が出てきました。お金を使わないで解決する方法はないものかと、現場に出向きロボットの動きを見ました。かなり高速で動いていて、サイクルタイムの観測しかできませんでした。そこでビデオを使ってロボットの動きを観察してみますと、ムダを一気に発見することができました。基盤の上に半田付けされる電子部品の高さは最大5mmですが、ロボットの半田コテの上下の動きはなんと30mmもあったのです。つまり一回の半田付けに往復で50mm以上のムダな動きを発見することができたのです。対策として22mmのカラーを半田コテのシリンダーにはめ込み、60mmの動きを16mmに削減したのです。これでサイクルタイムは半減してしまい、結局1台のロボットも購入しなくて済んだのです。

 ビデオのスロー再生機能を使うことで、素早い動きをゆっくりと観察することになり、見えなかったムダを発見することができたのです。ムダが見えないと改善はできないものですが、ムダを見えるようにすることで、改善は一気に進めることができます。素早い動きには、ゆっくりと見る方法を考えることです。人間の眼の能力に合わせて、観察する速度調整するというフレキシブルな考えを持ちたいものです。

 

 

図1 宮本武蔵は箸でハエを捕えることができた。

図2 素早い動きには、スロー再生という手段がある。