完全版「虫の眼・魚の眼・鳥の眼」(第17回)

マグロは時速80kmで泳げるか?

 鯉の泳ぐ速さは簡単に測定可能だが、マグロは無理

  筆者が住んでいる鳥取県中部の八橋(やばせと読みます)地区は、横幅が約1.5kmの小さな町ですが、その割には4本の大小の川が日本海に注いでいます。その内3つの川には、約40年前から自宅の池で飼えなくなった鯉を、川に放流することがブームになりました。冬になると近くの民宿で、鯉の刺身や味噌汁をご馳走になることも楽しみの一つでした(民宿の池で飼っている鯉)。いつしか鯉が川で繁殖するようになり、橋の上から眺めることができる風情のあるものになっています。大きな鯉は1m近くになり、まるで泳ぐ丸太のようです。川の流れは非常にゆったりとしており、パン屑を投げて観測してみますと10秒間に1m程度の流速しかありません。

 鯉も普段泳ぐ時にも実にゆったりとしており、川の流れと同じ速度であったり、まったく動かないこともあり、時速に換算すると0.36kmとまるで静止状態です。普通人の歩く早さが時速4kmですので、その10分の1です。餌を投げた時は、ゆったりとしていた丸太状の鯉も急に速度を上げて餌に向かいます。それを瞬間速度といいますが、普段の持続速度より速く数倍なるようです。橋の上から観察してみますと、1秒間に50cm程度の速度で泳いで餌に食らいつきます。時速としては2kmほどです。

 水中は空気と違って水の抵抗が数百倍も大きく、さらに泳いだ後の渦巻きによる抵抗も大きく、いくら流線型のマグロも持続速度が時速80kmは辛いものだと思っていました。図鑑の中には24時間休みなしで泳ぎ続けるとも記載されていますので、マグロはまるでスーパーマンになったような不思議な感覚になります。概略の数値として、潜水艦の速度は30ノット(約60km/h)、魚雷は50ノット(約100km/h)、水上を走るモーターボートでも60ノット(約120km/h)ですから、マグロの速度を追って測定することは非常に難しいことです。速度の計測方法についての記述は明確なものがなく、釣り糸に掛かった魚がどれだけの速度で糸を引いたという間接的な計測方法でした。実際に魚に速度計を取り付けて測定することは、これらの測定機器などがなかったために、10数年ほど前からようやく正確な測定が可能になったのです。

 カツオでも水中で時速60kmの速度で泳ぎ、さらに凄いのはカジキが時速120kmで泳ぐのだと図鑑に記載されていたので、今までその数値が頭に残っていたのです。しかし、インターネットや動画サイトで泳ぐスピードを計測する手立てを探すことは非常に難しく、ゆったりと泳ぐものしか発見できませんでした。

 

バイオロギングという方法で速度を正確に測定

 この10数年くらい前から、センサーや測定機器のデジタル化や高精度化、さらに小型化が一気に発達してきました。ペンギンやアザラシさらには、アホウドリなどの動物に直接この記録機器を取り付けて、後で回収して解析する手法が開発されました。それを「バイオロギング」と言いますが、今まで想像だけの生態や間接的に計測していた動物の行動実態が分かってきたのです。しかも信じられない結果の数々に、それぞれの動物の持っている能力の凄さに感心することばかりでした。

 面白いことに水中での速度が速いのが、意外にもヨタヨタと歩くペンギンであったことです。さらに「ジョーズ」の映画のモデルになったホオジロザメ、そしてシロナガスクジラの平均速度がなんと時速8kmだったのです。そしてあらゆる海洋動物の水中での巡航速度も、この値になることが段々と証明されるようになったのです。はやり水中では空気抵抗と違ってまったく抵抗が大きくなり、さらに速度が増すことでも一気に抵抗値も高くなり、動物も疲れてしまいます。物理的な制限があったことが見えてきます。

 ですからマグロもカジキもこの程度の速さで、瞬発的な速度はせいぜい時速30km程度なので、図鑑などの数値は考え直した方が良いと思います。さらに個体の数を増やして精度を上げていけばよいのです。実際に動物に直接測定器をつけて、その行動記録を回収できる仕組みの構築がこのような分析を可能にしたのです。海洋動物の平均速度は時速2から4kmということもわかってきました。この方法で記録したものとして、アホウドリは46日間で地球を一周することができ、マッコウクジラやゾウアザラシはなんと2000mまで潜ることができ、ウミガメは10時間も息継ぎなしで潜っているなど興味ある事実が分かってきたのです。

 この本「ペンギンが教えてくれた物理のはなし」 渡辺佑基著 を手にした時、2010年夏の惑星探査機「はやぶさ」の60億kmの宇宙の旅の帰還と同じくらいの感動を得ました。魚の眼で実際に観た速度は、今までの常識から一桁も違っていたのです。

 

図鑑にあるからといっても、常識をまず疑ってみよう

 インターネットで検索すると、すぐに多くの図鑑や資料から調べたいことを見つけることが可能になりました。しかし、それをそのまま鵜呑みにせず、少し違った視点でみたり、他の方法で検索したりして、多角的に観ることで、できるだけ客観性ある答えを見つけたいものです。そしてその答えがあったとしても、さらにもう一度疑ってみることで、気づかなかったことに気づくことがあるはずです。

 今回は水中ではかなりの抵抗があり、世界記録の陸上では100mを10秒で走れますが、水中では46秒も掛かり、約5倍の差が出てきます。従ってカジキやマグロだと言って流線型の形をしていても、水中ではかなりの抵抗があり、彼らも無理をしてまでも餌を追いかけることはないはずです。回遊する移動の時は全速力ではなく、燃費の良い巡航速度があり、それが時速8kmにすべて収まるのは逆に納得がいく値です。魚に実際に測定器を装着する発想は、事実を掴む良い手段です。

図1 マグロは潜水艦より速い?

図2 実際に魚に速度計をつけて測定する。