完全版「虫の眼・魚の眼・鳥の眼」(第21回)

ベートーベンはコーヒー豆をいつも数えていた

 コーヒー1杯に必要な豆の数はいくつでしょうか?

  2000年から欧州で、コンサルタントの仕事に18年間携わっていました。ドイツを中心に今までに12ヶ国を回って色々な企業を訪問し、その間の移動距離は何と地球を100周以上になりました。企業においては歩行のムダを指摘していますが、本当は自分自身の方が断然歩行(移動)のムダが多いのです。

 さてドイツ人が、一番飲んでいる飲み物は何でしょうか?頭にすぐに浮かぶのがビールです。でも答えはコーヒーだったのです。しかもビールの1.5倍も飲んでいるのですから、この答えにびっくりしたことがあります。そういえば、ドイツのホテルの朝食は、まずコーヒーであり、その後企業訪問すると必ずコーヒーと炭酸入りの水、コーラがセットになってできます。さらにクッキーやチョコレートも出て来ることもあります。

 彼らは何かとつけて、1日に数杯もコーヒーを飲んでいます。しかもほとんど人が、たっぷりの砂糖とミルクも入れて、スプーンでしっかり混ぜて飲んでいます。日本ではお茶しようといいますが、ドイツではお茶がコーヒーに相当し、このちょっとした休憩兼お喋りタイムを「コーヒー時間」といいます。

 さてコーヒー1杯に必要な豆の数は、あの作曲家のベートーベンは60粒でした。横に10粒、それを6列に並べて合計60粒です。60粒を綺麗に並べる作業をやってみますと、30秒は掛かってしまいます。それをまたまとめてミルに入れるとなると、1分近くの作業になります。

 これがムダかと言いたくなりますが、彼にとってはこれがコーヒーを飲むための儀式であって、ムダと思っていなかったはずです。カップで掬(すく)えば数秒で済みます。ただし、確実に60粒かといえ彼にとっては問題だったのです。音楽家は、ちょっとでも音が外れたりずれたりすることに対して、非常に神経を使います。彼の性格では、豆を必ず自分自身で60粒数えないとダメだったのようです。本当にマメでした!

 

計量カップで掬っても60粒です

 筆者が使っているコーヒーの計量カップで、実際に豆の数を数えたことが何度もあります。半分にかけたものを除いて摺り切り一杯に入れてみると、やはり約60粒です。カップの容量は、内寸28(底径)×38(口径)×24(高さ)の円錐状で、計算しますと20ccでした。重さは8から9gでした(残念なことに電子秤の最小メモリが1gでした)。

 久しぶりに円錐の体積を、計算する機会ができましたが、当初は必死で計算式を思い出そうとしていました。でも思い出すことは無理でした。結局正確さを期して、結局インターネットから計算式を探し、数値を入力すると瞬間的に計算をしてくれました。

 最近出回っている真空パックの1人前のコーヒーは、既に粉に挽(ひ)いたものですが、7から10gになっています。少しコストは高いですが、味わいの良さと便利さで最近はこの真空パックになったコーヒーを使っています。

 この計量カップに摺り切り一杯のコーヒー豆を入れてみて、とても60粒も豆が入るとは思えません。実は欧州のセミナ―で、クイズとして使っています。この計量カップに何粒入っているかをと訊ねると、ほとんどの人は20から30粒だといいます。コーヒー豆が、ラグビーのボールの形状と勘違いしています。実はそれを半分に割ったいわば、アワビのような形状になっています。ですから見かけよりも倍の粒が入っているのです。コーヒー豆を、大豆のように球体だという先入観で見てしまうからだと思います。

 ベートーベンは、自分で数えた豆を自分でミルして飲んでいたのです。ドイツの田舎のホテル兼レストランに行くと、時折ベートーベン・ミルが飾りとして置いてあることがあります。当時はトルコ・ミルと呼んでいたようですが、今になってはベートーベン・ミルの名前になってしまいました。15世紀頃にトルコ経由でコーヒーが入ってきて、ベートーベンがいた18世紀では、ちょっと高級な飲み物になっていたようです。ベートーベンがミルを回しながら、曲の構想を考えていた情景が目に浮かんできます。

 このようにベートーベンは、見るからにくそ真面目というか几帳面な性格であったことが伺えます。彼が散歩する時間も非常に正確で、その散歩の時間に合わせて近所の人が時計をセットしていたという逸話もあるほどです。でも今では欧州の鉄道はまともなのがスイスくらいで、あとはいずれもいい加減であり、遅れは当たり前になっています。欧州で列車を3本乗継しようと事前に時刻表で計画しますが、3本目には遅れてしまうのが実情です。この点は、昔のベートーベンを見習って欲しいと思います。

 連載記事の執筆の際にネタを考える時には、必ず2Bの柔らかい鉛筆を3本用意してカッターで削ります。鉛筆削りを使えば一瞬で綺麗に仕上がりますが、丁寧にカッターで削ることで神経を集中しています。これを儀式と考えています。一見ムダのようでも、精神統一には必要なことなのです。

 

  数えないで正確に数える工夫を考えてみましょう 

  数えるという一見単純な作業ですが、単純さゆえに数え間違いも良く経験することです。その単純作業を正確に、しかも素早くできる方法を生産現場で必要になります。そこで数えないで数えるというちょっとした考え方をしてみましょう。

 江戸時代の銭勘定をする両替商などが、使っていた「銭枡」という道具があります。銭の大きさに合わせて碁盤目のように小さな壁を設けて、さらに銭の厚さの深さの溝(升目)を作ります。そこに銭を一掴み載せて、前後左右に揺すっていくとその枡目に1枚ずつ入ります。余分なものは払落せば、必要な枚数がすべて揃うことになります。

 これなら数えなくても必要な数が正確にし、しかも素早くできます。しかも見た目にもパッと見てパッとわかります。コーヒー豆用に少し深めに溝を作れば、60粒が数えることができます。計量カップなら一掬いです。数ではなく、重量でも必要な豆が計量できます。一つの方法や見方だけではなく、目的が合えば色々な方法があることをいつも頭に入れて、虫の眼、魚の眼、鳥の眼の見方をしたいものです。

図1 1粒ずつコーヒー豆をマメに数えているベートーベン

図2 数えないで数えることができる事例:銭枡