完全版「虫の眼・魚の眼・鳥の眼」(第24回)

温度を測ってみませんか?

 ガリレオ温度計をご存知ですか?

  この温度計はガリレオ・ガリレイの名前がついていますが、彼が発明したわけではなく、彼の業績に対して敬意を評してつけられました。温度計として16世紀頃に作られましたが、その後陽の目を見ることがなく博物館に寝ていたそうです。近年復刻版として欧州で生産され始めて、日本でも輸入されるようになった温度計です。ガラス管の中に、数個の提灯状のガラス玉と温度が刻印された金属板をぶら下がっています。ガラス管の中に入っているガラス玉は、着色された液体が入っています。

 動作原理は、次の通りです。周囲の温度が変化した時に、ガラス玉に入っている液体とガラス管の液体との間で、浮力差が生じます。温度が高くなれば、ガラス玉はゆっくりと降下していきます。逆に温度が低くなれば上に浮上します。ただしこのガリレオ温度計の計測範囲は、普通18度から26度の2度刻みです。しかもこの動きは実にゆっくりとしたものであり、現在の世の中のスピードにはついていけません。でも世知辛い世の中には、このゆっくりとした動きが優雅な動きに見えてきます。

 この温度計の温度の見方ですが、ガラス管の中央部分(周囲と温度による浮力のバランスが取れた状態)の高さで浮かんでいる色の付いたガラス玉を見て温度を見ます。ガラス玉の下には、金属板に数値が刻印されており、その数値を読み取ります。これは浮力を利用したものであり、恐らくイタリアのことなのでワインの比重の確認用に作られたものを、温度計に仕立て上げたと考えられます。

 

家にはいくつの温度を測定する器具がありますか?

 学生時代に写真を覚え、フィルム現像から印画紙現像まで1人でやっていました。現像液、定着液は20度が基準になっていましたから、寒暖計(アルコール温度計)を手に温度調節をして、液に漬けて20度±1度以内の温度で現像をしていました。

 ほとんど毎日のように暗室に入って現像をしていたので、手の感覚で温度が分かりました。念のため必ず温度計で確認はしていましたが、自分の感覚が温度計の代用になった感性の良い時代もありました。

 今は風呂の温度が、ちょうど良い41度が分かる程度です。これは温度を測るのは指先ではなく、手のひらの手首あたり、つまり脈を取る場所で測ります。しかし今では、湯沸かし器でセットすると希望する温度設定すれば、期待の温度の湯ができる便利な時代になっています。

 家にある温度計を探してみますと、かなり多くの温度計がありました。室温を測る寒暖計、エアコンのリモコン(外気温も室温も表記されます)、バイメタル式の温度計と湿度計、デジタル式の温度計兼湿度兼時計、窓に付けている室外温の温度計、天ぷら用の油温度計、なぜか数本もある体温計、額に当てて熱があるか分かる色で変化する体温計などと、知らず知らずのうちに温度と密着した生活をしていたことを知りました。

 玄関にはガリレオ温度計を設置して、お迎えするお客様に「はてな?これは何?」と思わせるようにして、お迎えするまでの時間稼ぎをしています。効果のほどはわかりませんが、時々これは何?と訊ねられますので、紹介してみると多くの人が購入されているようです。因みにドイツでは、10ユーロ前後と非常に安く入手できます。

 近年このガラス玉のゆっくりとした動きが、求められる時代になっていると思わずにはいられません。デジタルは非常に明確にその温度を表記してくれますが、アナログ時計のように少々正確ではないにもかかわらず、心臓の鼓動のようになんとなくカチカチと生きているリズムを刻んでいるところに心が魅かれます。

 今まで生活の中で、当たり前に使っていた肌温度という人間の持っている鋭い感覚が、これらの正確な温度センサーになり変わってしまい、しかもそれに頼り切ってしまっているように思えます。人間の本来の感覚が、鈍ってきた感じがします。

 天ぷらを揚げる時の温度を、正確に知るために油温度計があります。でもちょっとしたことを知っているだけで、およその温度が分かります。その温度の見分け方ですが、衣で判断できます。150度以下は、底まで沈んで浮いてこない。160度までは、底まで沈み、ゆっくりと浮かんでくる。170から180度は、途中まで沈み、すぐに浮かんでくる。180度以上だと、沈まずに油の表面で散るようになります。覚えれば簡単です。

 

 想像上の温度は果たして何度くらいでしょうか?

 この数十年で、一気に温度を測定できる機器や素子が発明されるようになり、大抵の温度は測定が可能になりました。コロナの影響で、一家に1台の非接触温度計も当たり前になりました。でも測定できない温度もありますが、さてどういう温度があるでしょうか。

 熱き想いは、熱き思いよりどれくらい温度が高いでしょうか?燃える闘魂の温度は?輝く命の温度は?怒り心頭に燃える温度は?火中の栗の温度は?恋の炎の温度は?恋い焦がれるほどの温度は?いつも心に太陽を!の温度は?真っ赤な太陽の温度は?一人ぼっちの太陽の温度は?燃え上がる嫉妬心の温度は?考えに考えた時の知恵熱は?熱望するほどのとても欲しい気持ちの温度は?青春という狂気と燃える熱の温度は?雪を解かす春の温度は?冷や汗の温度は?ぞっと思う恐怖心の温度は?男女の冷めた関係の温度は?氷のような冷たい視線の温度は?

 これらは、すべて感情にまつわるものですので、当然計測することはできません。計測できないですが、顔を真っ赤になっている姿を見れば相当温度(熱)は高そうだと思います。人の感情は、簡単に算盤のように勘定できないものです。

 でも冷静になって心の眼で相手や周囲環境を観察していけば、見えなかった温度や感じられなかった温度も、感じ取ることができるようになります。電子化が進み簡単に色々な温度が計測できるようになってきました。でも計測器で測れない大切な温度があることを再認識して、触れ合う人の心の温度センサーをもっと使いたいものです。感性は磨き上げることで、人の感性は随分と鍛えられると思います。

図1 ガリレオ温度計。室温は22℃とわかります

図2 恋い焦がれる温度は何度だろう?